2012年1月12日木曜日

『前衛の遺伝子』の読みどころ


明日は初めての著書が本屋に並ぶ。気になって仕事が進まないのだけれど、書籍という形で見ると、もはや自分が書いたものとは思えなくなる。まさに作品というのは作者から離れたものだということを、改めて実感している。同時に、作品というのは作者の子どもみたいなもので、少しでも多くの人の手に渡って長生きして欲しいという気もする。
だから、著者ゆえに自画自賛になるけれど、出来るだけ多くの手にとって貰えるように、主な読みどころのいくつかを紹介したい。もちろん、読者の関心によっては、このほかにも読みどころは色々あるはずだ。


本書は、基本的にお上品な美術をあまり扱っていない点、そして危険な思想と前衛芸術との関わり合いを論じた点などが、近代日本美術史の本としては特異である。だから、普通にきれいな近代絵画が好きな人よりも、現代美術が好きな人のほうが本書を読めるかもしれない。

明治期の終わり、1910年の大逆事件あたりから書き起こして、幸徳秋水とともに始まった(そしてすぐに消えた)アナキズムの美術のあり方を描き出した。アナキズム思想が好きな方には、このあたりに関心を持って貰えるかも。

大正期にアナキスト大杉栄が関わった芸術団体・黒耀会について、初めて深く掘り下げて作品や組織を論じた。黒耀会やその主宰者である望月桂の名前は、日本美術史を研究している人でさえほとんど知らないけれど、その活動の凄さが知られるようになったら10年後にはMAVO並に有名な存在になるはず。

大正期の終わりごろ、もっとも先鋭的な芸術団体であった三科の結成と分裂を論じる中で、20歳代の若き美術家たちによる呪詛的な(下品な)言葉を取り上げて、アナ・ボルがゴチャゴチャになったケンカの生々しさに肉薄した。これは野蛮な美術の言説史研究でもある。

昭和期の初頭、共産主義者たちによる真面目なリアリズム絵画で知られるプロレタリア美術運動を、その漫画から見直して、同時代の軽薄な風俗潮流との密接な関わりを暴き出した。プロレタリア美術なんて美術館ではほとんど無視されるけれど、本当はとても楽しいものでことを訴える。

知られざるファシストの美術評論家・田代二見を発掘紹介した。田代はコアな右翼雑誌にしか書いていないので(だからこそ影響力もあったはずなのだけど)、これまで誰も調べていなかった。最近は近代日本の右翼思想研究も流行っているので、そういう方面にも貢献できるかもしれない。

戦後直後の時代を、戦争と圧政からの解放としてではなく、占領期と東西冷戦という新たな支配体制のはじまりとして捉え、美術における新たな表現の統制や抵抗運動があったことを暴き出した。つまり占領期に注目して「戦後美術」と呼ばれるものの前提となっている価値観を問い直したのである。

まだまだ挙げたいけれど、ここまでにしておこう。
何よりも本書のキモは、近代日本の前衛芸術史の総体に挑んで、その構造的な問題や伏流する特質を論じたところ(序と結)だと思っているのだけれど、そこは評価が分かれるかもしれない。ともあれ、この風変わりな美術史論を手にとっていただければ幸いです。